準備するもの

航空券を入手したら、渡航に必要な品物を自分で準備しなければならない。ぼくは飛行機に乗るのもはじめてなら国外へ出るのもはじめてだったので、旅券、つまりパスポートをつくらなくてはならなかった。

 

旅券をつくるのは、何も難しいことではない。各都道府県には「パスポートセンター」(都道府県旅券課)という部署があり、そこに本人が出向いて必要書類を提出すれば1週間ほどで発行して貰える。

 

しかし、性別適合手術を目的に渡航しようという人は、必要書類を揃える際或るいは申請の際に少しばかり手間取ることもあるかもしれない。

 

旅券の申請には次の書類が必要になる。

一般旅券発給申請書

パスポートセンターで用紙を貰える。その場で記入して提出してもよい。5年有効旅券と10年有効旅券では用紙が違うので注意。

 

写真1枚

縦4.5cm×横3.5cm、背景無地、無帽、正面上半身、撮影から6箇月以内のもの。パスポートに貼り付ける写真。背景と人物との割合などがかなり厳密なので、既に手許にある場合でもなければパスポートセンターで係員立ち会いの許、撮影するのが無難。

 

官製葉書1枚

パスポートセンターからの必要事項通知用。宛名面には住民票通りの住所氏名を予め記入して提出。

 

身元確認用書類

写真付きの公的証明書(運転免許証など)1通。もしくは公的書類(保険証や年金手帳など)と写真付き証明書(学生証や社員証など)の各1通。
性別記載のない運転免許証を提示するのが最も面倒が起きづらいのではないだろうか。

 

戸籍謄本または抄本1通

役所で発行して貰う。1通につき500円程度の手数料が必要。

 

申請手数料

5年有効旅券10000円、10年有効旅券15000円。窓口で現金で支払う。

 

ぼくが旅券の申請をするときには戸籍抄本を提出したのだが、これを役所で発行して貰うときにやはり窓口の人を惑わせてしまった。

 

ぼくは性同一性障害当事者であることを自ら明かさなければ、第三者にはほぼ確実に自認している性別と判断される。初対面の人に出生時の性別として判断されたことはこれまで一度もない。しかし、発行して貰う戸籍には「参女」と記載されている。そのため、間違った抄本を発行してはいないかを確認しなければならない窓口の人が困ってしまうのだ。

 

窓口の人が印刷された戸籍抄本を見ながらおずおずと
「参女になっていますが、これで間違いないでしょうか」
と訊ねてきたので、
「済みません、いまのところ戸籍の上ではこうなのです。近々戸籍の訂正も行ないますので」
と答えて頭を下げた。そうすると窓口の人も「済みません」と頭を下げてくれた。

 

この頃は役所の人も性同一性障害を認識するようになったので、それほどトラブルも起こらないのではないだろうかとは思うが、戸籍や住民票等を請求する者の態度次第では大きく揉めたりする可能性もない訳ではない。その辺りは、我々当事者がきちんと気を付けておくべきなのではないだろうか。

 

滞りなく申請を終えて書類に不備がなければ、申請から約1週間後で旅券の引き取りに来るようにと葉書で通知が来るので、指定された日程で本人が引き取りに行けばいい。

 

航空券と旅券が揃えば、あとは自分が必要だと思うものを鞄に詰めるだけだ。A社のシステムに則ると、タイでの滞在期間は入院期間を含む2週間(内性器摘出術のみを行なう場合)だが、手配されている病院もホテルも施設や備品が整っているので、さほど携行品は必要ない。

 

参考までに、ぼくが持っていったものを紹介しておく。

渡航時の荷物

上の写真がぼくの携行品のすべて。大きい方の荷物は航空会社の計量で7.3kg。もっと軽量化が可能だ。ぼくは不要なものを持って行き過ぎた。

 

小さい鞄の中身

旅券

財布

ぼくが用意したのは日本円で50000円。帰国後、手許には30000円が残った。ぼくはあまり買いものをしなかったから少ない金額で済んだが、それでも余程贅沢をしなければ30000円もあれば充分ではないかと思う。カード類はすべて自宅に保管。現金があれば充分。

航空券ほかA社から受け取った書類

観光ガイドブック

街を歩くのに必要。せめてバンコク市内の地図を用意しよう。現地のホテルなどでも地図は貰えるが、日本語は書かれていない。ぼくが持って行ったのは「地球の歩き方ポケット−バンコク−」。

折りたたみ雨傘

6月〜10月のタイは雨期で、いつ何処で雨に遭うか判らないと、タイへの渡航経験がある人から聞いていたので少しいい値段がする傘を買って持って行った。

MP3プレイヤ

病院のベッドでお気に入りの音楽でも聴けば回復も早いだろう。手術直後はベッド上で身動きが取れないので尚のこと。
ぼくは病院での入院の記録を手帳に書くことができない事態に遭ったときには録音機能を使うこともあるかもしれないと思い、荷物に入れた。

扇子

タイは熱帯の国。とにかく暑いから持っていると便利だと聞いていた。実際は使わなかった。屋内なら何処も肌寒いくらいの冷房が効いている。長時間屋外にいる予定があるなら持って行くといい。

電卓

買いものをするときに便利。大きな買いものでなくとも、たとえば屋台で焼鶏1本買うときでもこれがあればスムーズ。支払わなければならない金額を口頭で告げられても聞き取れないときに、押して貰えば眼で見て数字が判る。勿論なくても何とかなる。

携帯電話

日本から携帯電話を持って行っても通話はできない。「圏外」になる。FOMAなど通話可能な機体を持って行ったとしても通話料が馬鹿高い。ぼくは専ら記録用にデジタルカメラとして使った。
日本の病院では電源を入れることすら御法度だが、ヤンヒー病院では通話も可。但し、繋がれば。

 

大きい鞄の中身

衣類

下着5枚、シャツ4枚、上着2枚、ズボン1足、靴下2足、タオル大小4枚。これは持って行き過ぎ。特にタオルはホテルで毎日清潔なものを出してくれるので荷物をかさばらせただけだった。
衣類はホテルで毎日手洗いするなら、出国時に身につけているもののほかに、下着やシャツが2枚ずつあれば充分。沢山持って行っても荷物が重くなるだけ。

洗面具

現地のホテルにはタオルやボディソープなどは置いてあるが、歯磨きセットと剃刀はない。ぼくは歯磨きセットと洗顔料、ナイロンタオルを持って行った。現地のコンビニエンスストアでも買える(ナイロンタオルは未確認)。

胃薬、かゆみ止め、傷薬、絆創膏、虫除け。実際に使ったのは絆創膏だけ(靴擦れ予防のため)。

針金ハンガー3本

ホテルで衣類を洗濯したときに干すために使う。ないと干す場所に困る。洗濯をしないつもりなら不要なのかもしれない。

筆記具と原稿用紙

記録と仕事用。もの書きでない人には不要。

文庫本と漫画本

入院中はあまり動けない上に日本語を使う機会がほとんどないので、日本語が読めるように。母国語が身近にないということは、想像以上にストレスになる。手術後は体力の低下に伴い気力も下がるため、小難しい「字の」本よりも4コマ漫画等のさらりと読めるものがよいかも。但し爆笑する内容のものは避けた方がよい。笑うと術創が痛む。
ぼくが持って行ったのは「宮澤賢治全集第8集」と「おたんこナース」(ペーパーバック版)。

割り箸10組

ぼくはどんな料理でも箸で喰わないと喰った気がしないので持参した。コンビニエンスストアでカップラーメンを買っても割り箸は貰えない。ナイフやフォーク、スプーンの使い方が上手な人なら不要。

ウェットティッシュ

持って行くと便利だと聞いていたが、実際は使わなかった。

CD

チンハウスというホテルにはCDプレイヤが備えつけられている。お気に入りを持って行くといい。
荷物の分け方としては、小さい鞄は「常時携行用」。旅券や現金など、常に身につけておかなければならないものはすべて小さい鞄に入れて持ち歩くようにした。ウエストバッグなどよりも手に持って提げている方が、ひったくりやスリなどにも遭いづらいのだと話には聞いている。実際はどうなのか判らない。被害に遭っていないので。

 

携行品とともに準備しておくべきものは「体力」と「健康」である。

 

身体を切ると確実に体力が落ちる。しかも飛行機に乗って6時間近くの旅をしたその翌日には手術を受けることになるということを考えれば、その消耗の度合いは自ずと推し量れる。また、手術を受けてから暫くは満足に運動することもできないため、その分運動能力は衰える。そうすると帰国後の仕事などにも差し支えるだろうから、予め身体を動かして体力をつけておく努力をしておくべきだろう。

 

ぼくは渡航前の半年間、トレーニングジムで有酸素運動とウエイトトレーニングをして運動能力と心肺機能、持久力の向上に努めた。御陰で手術の予後もよいし、体力や運動能力の落ち方も緩やか、回復の仕方は順調である。日頃運動不足の人は1日30分程度の散歩だけでも日課に入れておくといいのではないだろうか。

 

喫煙はまったく以て歓迎され得ない。煙草は確実に心肺機能を衰えさせ、消耗した身体の回復を妨げる。ひどくすれば手術に耐え得る肺活量を維持することさえできなくしてしまう。手術を望む人は全面的に禁煙するべきだ。

 

病院側からもホルモン剤をはじめとして薬物・サプリメント類とともに少なくとも術日2週間前から煙草を断つことを求められる。これに従わなかったために渡航したのに病院側から「手術できない」と言われ、そのまま帰国を余儀なくされた人がいるという話も伝え聞いている。充分に気を付けられたい。

 


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