減薬の過程

先にも述べたように、手術の少なくとも2週間前には服用中の薬はすべてやめるようにと、受け入れ先のヤンヒー病院から指示がある。この指示を守らないと現地まで出向いても追い返されることもあるという。煙草や酒やサプリメント、ホルモン剤も駄目。

 

ぼくは7年前に国内で乳房切除術を受けたときに、精神科領域の薬(主に眠剤)を服んでいたために麻酔が効かず、ひどいめに遭ったことがある。麻酔が効かないままにメスを入れられてしまったのだ。メスが入っただけでなく、手術を最後まで通されてしまった。当然痛かった。手術台に両手両足を拘束されていなければ、きっと激痛に耐えきれずに暴れていたに違いない。

 

そんな経験があるので薬についてはとても慎重になって、かかりつけ医と一緒に断薬までの日程を組んだ。9月3日の渡航直前までぼくが服んでいた薬は以下の通り。何れも持病であるうつ病とパニック障害に対するかかりつけ心療科医の処方。

 

アモキサン10mg×1カプセル1日3回/三環系抗うつ剤)
トレドミン15mg×1錠(1日3回/SNRI系抗うつ剤)
パンビタン細粒×1包(1日3回/総合ビタミン剤)
メチコバール錠×1錠(1日3回/ビタミンB12剤)

上記は何れも毎食後に服用。

 

パキシル20mg×1錠(1日1回/SSRI系抗うつ剤)

夕食後のみ服用

 

ハルシオン0.25mg×1(1日1回/睡眠導入剤)
ロヒプノール2mg×1(1日1回/睡眠剤)

 

就寝前にそれぞれ服用。

このほかに、食事の通りが悪かったためエンシュアリキッドを1日1缶処方して貰っていた。

 

6月一杯まで上記の通りに服用。かかりつけ医と相談の上、7月1日から減薬開始。

7月1日〜28日は以下の通りに服用。

 

アモキサン→×
トレドミン→×
パンビタン×1包(1日3回)
メチコバール×1錠(1日3回)
パキシル20mg→10mg×1錠(1日1回)
ハルシオン0.25mg×1錠(1日1回)
ロヒプノール2mg×1錠(1日1回)

 

この間は身体の怠さと偏頭痛、筋緊張性の目眩が顕著に出て、仕事や外出が儘ならなくなる。稀れに1日中寝込むことも。この年の前半に、出版社に納めるための原稿を余分に書きためておいたので、書けなくなってしまったがために納めるべき原稿が納められないという難を逃れたが、それができていなかったら大変なことになっていたのだと思う。

 

7月29日〜8月19日に服用していたのは以下の通り。

 

パンビタン→×
メチコバール→×
パキシル10mg×1錠(1日1回)
ハルシオン0.25mg×1錠(1日1回)
ロヒプノール2mg→1mg×1錠(1日1回)

 

パキシルというのは少々厄介な薬で、急に服用をやめると高熱や頭痛、関節痛などのインフルエンザの症状によく似た離脱症状が出ることがある。ぼくは2004年の連載作執筆中に忙しさのあまり服むのを忘れて、ひどい倦怠感と頭痛に悩まされたことがある。

 

また、ぼくのパニック症状を抑えてくれる主たる薬なので、断薬の期間をできるだけ短くしようというのがかかりつけ医の方針。パキシルとトレドミンがぼくを助けてくれる二本柱だった。ぼくの身体によく合っていた。

 

8月20日以降はすべての薬を服まなくした。性ホルモン剤の注射も7月22日を最後に中断。「サプリメント類もすべてやめるように」とのヤンヒー病院からの指示があったため、栄養補助食品であるエンシュアリキッドも念のために処方を止めて貰った。

 

ぼくに最も大きな損失を与えたのはハルシオンとロヒプノールの2種の眠剤を服めなくなったことだ。眠剤を服まないと「寝つけない」どころでは済まなくなる。

 

うつ病の症状がひどくなったとき、最も簡単で確実な対処方法は「眠ること」である。抑うつや不安に苦しむときも、精神安定剤より眠剤の方が有効なときも儘ある。抗うつ剤を服めなくなり、うつ症状が出たときには眠剤で難を逃れていたのがそれすらできなくなる。その不安は決して小さくはなかった。

 

さいわいにして、ひどく苦しんだり不安発作を起こすことはなかったけれど、いつ眠れるのかどれだけ眠れるのかが自分でも判らない生活は、それでもやはり楽なものではなかった。生活時間帯が滅茶苦茶になり、食事や入浴も自分だけではできなくなり、まともな日常生活を送ることができない。

 

ぼくはひとり暮らしで自由業だからその辺は融通が効いたけれど、家族と同居している人、会社勤めをしている人でぼくと同じ病気を持つ人は、断薬生活には相当な覚悟が必要だと思う。

 

もしもうつ病やパニック障害或るいはその両方を持つ人で、性別適合手術に臨もうという人がいるなら、やはり苦しむ覚悟は必要だ。けれども、まったく不可能なことではない。こうしてぼくは薬を断って海外まで出掛けて手術を受けて、無事に帰国して回復している。

 

周囲の人に多大な迷惑を掛けることを怖れないなら、医師と相談の上で挑戦してみるのも選択肢のひとつだと思う。但し、その結果まではぼくは保証できない。たとえ試みが失敗したとしても文句を言ってぼくのうつ症状をひどくするのはやめておいてほしい。

 


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