あっさり抜糸の第4日 [2005年9月12日(月)]

何とか眠って朝を迎える。身体のむずむずがなくなった訳ではないが、昨夜よりは幾らかましだ。身体の、特に頚部の怠さは抜けきらない。どうしてくれよう。すっきりしない状態でキッチンへ朝食を摂りに行く。

 

いつもと同じメニューを食べていると、注文していない皿がぼくのテーブルに差し出された。

 

ホテルのオムレツ

 

赤パプリカと青パプリカの角切りとチーズのオムレット。卵は食べたいと思いつつもオーダーするのが面倒でいままで食べていなかった。これは有難いと遠慮なく頂く。野菜が摂れるのもうれしい。パプリカの角切りが入ったオムレットというのは日本ではなかなか出てこないのではないだろうか。

 

「サービスいいなあ」などと思いながら平らげたのだが、後で考えてみると、もしかしたら別のテーブルの人が注文したものが間違ってぼくに出されたのではなかったのだろうか。喰ってしまった上に帰国してから気付いてみても遅いどころではないのだが。

 

少しくつろいでから病院へ。バンコク到着の日に迎えに来てくれたガイドのN氏が自動車を運転、入院日から面倒を見てくれているM氏が同行してくれる。行くのはぼくひとり。

 

受付にはM氏が連れて行ってくれて、タイ語が必要な手続きはすべてやってくれる。血圧と体重を測って待合ロビーで待つ。程なく処置室に通される。

 

処置用のベッドに下半身裸になって寝るように指示される。そのようにすると看護師が下腹だけが出るようにタオルを掛けてくれた。粘着シートとその下のガーゼを外して、アルコールで術創を拭ってくれる。その状態で待つ。

 

待つ。
待つ。
待つ。
腹出したまま待つ。傷出したまま待つ。ひとりで待つ。もしかして忘れられていませんかと思っても待つ。下半身裸で術創露出で放置プレイですか。医者が来ないだけでなく看護師も何処かへ行ってしまっている。

 

20〜30分は待ったのではないだろうか。やっと医師がやってきて術創を見る。2〜3度指先でぼくの下腹を押して、傷の端っこの縫合糸を引っぱり抜いて、直ぐに処置用ベッドの傍の机の前にすわってしまった。

 

「傷は大丈夫。少し内出血があるが放っておいても平気。ガーゼももう必要ない。シャワーを浴びてもよい」

 

何か質問は、と訊かれたが、特にないですと答えてしまった。診察はこれでお終い。ぼくが帰国のための飛行機に乗るのは4日後。それまでにもう1回くらいは術創を診てくれるのかと思ったが、「もう通院しなくてよい」とのこと。

 

待ち時間に比べて診察時間は、まさしく「一瞬」の如くだった。

 

抜糸直後

 

これが抜糸直後の状態。医師が言っていた内出血が向かって左側に少しある。

 

ヤンヒー病院では、腹を横に切って、その左右の端を一ト針だけ縫って、それ以外の場所は医療用の糊でくっつけるらしい。だから抜糸も長々と痛い思いをしなくていいのだ。

 

ぼくの診察は直ぐに終わってしまったが、この日退院してぼくが泊まっているのと同じホテルへ行く人もいるとのことで、同じ自動車で移動するために退院手続きが終わるのを待つ。2時間くらい待っただろうか。待つ間にロビーで在タイ日本人向けの新聞を読んだ。

 

タイでは煎餅菓子が売られていて、これまで「おせん」と「新米」の2銘柄が市場で競り合っていたのだが、新しく「どーも」という名の煎餅が売り出されて市場の動向が注目される、という記事が載っていた。

 

タイでは日本及び日本のものが大人気のようだ。至るところで日本語を見掛けるし、「煎餅」なんて御菓子が日本語の商品名で売られていたりもする。しかし。

 

「おせん」はいいだろう。「新米」も、煎餅の原料が米ということを考え合わせれば、頷くことはできる。だが「どーも」という商品名は如何なものか。

 

ぼくと一緒に自動車に乗ってホテルに向かうのはトランス女性だった。術後間もなくで幾らかつらそうな様子だったが、足許はミュール。身体だけでなく顎骨の手術も受けたそうで腫れた顔を見られたくないらしく、目深に帽子を被っていた。身体がつらいのだろうに、それでも女性は装いを忘れないのだなと感心。

 

ぼくは自動車の揺れも平気になっていたが、彼女はきっとホテルに着くまでの1時間弱が怖かったに違いない。

 

自動車の中でガイドのM氏が術後の注意をくれた。

 

術後1箇月までは重いものを持たないように。
寝た状態から起き上がるときは真正面を向いて起き上がるのではなく、一旦横臥位になってからゆっくり起き上がるように。
膣口から手術の廃液などが出る場合があるが、それは普通に起こり得ることなので心配は要らない。
はげしい運動は2箇月経過してから。それまでは駆け足やジャンプは駄目。

 

……帰国翌々日にライヴに参加するなどとは口に出せなかった。きっとぴょんぴょん飛び跳ねるだろう。ま、そんなことは言わなくてもいいのだけど。

 

ホテルに着いたら1500時に近い時間だった。昼飯を喰うには遅いが夕食には早過ぎるという半端な時間。だが、腹が減っている。食事を摂って、それからベッドに横になった。待つだけでも疲れていたのか、少しうとうとと眠った。

 

眼が覚めてから風呂に入って洗濯もした。その後は何をする気にもなれずぼんやりして過ごした。疲れが身体の奥に蓄積しているようだ。明日は1日出掛けずによく休もうと思う。

 

日没してからは昨日と同様に身体の欲がぼくを苛立たせる。こんなになるほどおれは元気になってきているんだ。それはよろこぶべきことなのだろうけれど、たったいまは困っている。

 

少しでも発散させようと持参しているMP3プレイヤでB'zを聴きながらそれに合わせて大きな声を出して歌ってみた。しかし。

 

駄目だ!
このヴォーカリストは声がエロ過ぎる!
ひどく扇情する!

 

畜生と呟きながら昨日と同じように枕を拳骨で殴って、気を紛らわせてから無理やり眠る。

 


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