ゆるゆる遠出の第2日[2005年9月10日(土)]

眼が覚めると窓外はとてもよく晴れていた。タイはこの時期、雨期にあるからスコールのような雨にたびたび遭うだろう、とタイへの渡航経験が何度かあるかかりつけの心療科医先生は仰っていた。だからぼくは、ちょっとだけ高価な折りたたみの傘を買って持ってきた。安い傘だと1回開いたら二度ともと通りにたたみ直せなさそうだから。

 

でもぼくはまだ雨に悩まされたことがない。病院の窓から見るチャオプラヤー川上空も、いつも晴れていた。

 

実にいい天気だ。そう言えば今日は土曜日、週末が好天でタイの人もよい休日が過ごせるだろう。寝起きのぼんやりした頭でそんなことを考えながらベッドの中でぐずぐずしていた。

 

ホテルの部屋には毎日ルームメイキングの人がやってきて掃除をして、ベッドを整えて、使用済みのタオルを引き揚げて清潔なタオルを置いていってくれる。自分で掃除しなくていいなんて、御大名の生活だ。

 

朝だってこの肌ざわりのいいシーツの中で思う存分ごろごろして、気が向いたらキッチンへ行って好きなだけ飯を喰えるのだ。……こんなに倖せでいいんだろうか、と少し不安になる。

 

キッチンでの朝食は毎日変わらないのだが、今日はちょっとおもしろいものを見つけた。

 

タイで見つけた味噌汁

 

スープのコーナーに味噌汁があった。ほかのコンソメスープだとかトムヤムクンだとかと同じようにサーバに入っていて、具はトッピングすることになっている。ねぎとわかめと豆腐と錦糸卵。海外へ来ると味噌汁はミソスープになって、姿もちょっと変わってしまうのだ。

 

味はまさしく味噌汁。きちんと出汁を取ってあって旨い。異国の味噌汁に感心。きっとタイの人が調理したのだろうに、日本の味だ。味わって、やっぱりほっとした。

 

部屋へ帰るとき、キッチンの扉際に今日はタイの民族衣装を着たお姉さんが立っていた。ぼくが近付くとタイ語と英語の両方で「有難うございました」を言って、扉を開けてくれる。英語の有難うは「Thank you」だけでなく「sir」まで付いてくる。更に微笑み付き。……お仕事でやっているのだと判っていても、お姉さんに親切にされるとそれだけでうれしい。

 

朝食後は部屋でソファに寝転がってガイドブックを見る。「ウィークエンドマーケット」の頁を開いて今日が土曜日だと思い出す。ぼくの滞在期間唯一の土曜日。今日と明日を逃がしたら、土日にだけ開かれるという巨大市場に行く機会がなくなってしまう。列車に乗らないと行けない距離だけど、挑戦してみよう。

 

昨日出掛けたときとは逆方向、ホテルを出て西に向かって歩いてみる。地図の上で見ると、こちらの道を歩いた方がシーロム通りまで近いようだ。ソイ・サラデーン1通りからサラデーン通りに出て、突き当たりがシーロム通り。サラデーン通りにも食べものの屋台が沢山並んでいる。

 

シーロム通りのサラデーン駅からBTSに乗ってモーチット駅で降りれば、ウィークエンドマーケットは直ぐそこだ。

 

BTSは高架鉄道、高いところを走っている。高速道路の更に上だ。1999年開通、まだ車両も駅もきれいだ。車窓からの眺めもよいし、バンコクの中心地の移動にはとても便利。

 

切符は自動販売機で買えるが、10バーツ硬貨と5バーツ硬貨の2種類しか使えない。切符を買うときはお金を入れる前にボタンを押すシステムなので注意。

 

硬貨がない場合は駅の窓口で両替して貰える。「Exchange, please」と言って紙幣を渡せば適当に崩して返してくれる。

 

しかし窓口のお姉さんは無愛想。不機嫌そうですらある。駅の窓口だけでなく、銀行の窓口やデパートのインフォメーションなども悉く無愛想。銀行では両替(円をバーツに換えて貰う)をしたのだが、カウンタの上に金を叩きつけて返された。おれが何か悪いことしましたか、と絶叫してやろうかと思った。日本語で。

 

だが、日本の接客のように笑顔が当たり前に付いてくることは海外では期待しないのが当然なのかもしれない、日本人は意味もなく笑いすぎなのかもしれない、とも思う。

 

電車の切符

 

上の写真がBTSの切符(裏面)。日本のテレフォンカードのようなもの。裏面には路線図が印刷されていて乗降駅が確認できるので迷う心配はない。

 

スカイトレイン(BTS)

 

プラットホーム上に時刻表らしきものは見当たらないが5〜10分も待てば列車は来る。路線さえ間違えずに乗れば目的地まで運んでくれる。上の写真はサラデーン駅にすべり込んできたBTS車両。なかなか恰好いい。

 

車内は日本の電車よりも広くて、車両の真ん中にも手摺りが付いている。座席は硬いベンチのような感じ。タイの人も、外国から来た観光客も、沢山の人が利用している。

 

ウィークエンドマーケットに行こうという人は大勢いて、最寄りのモーチット駅で車両内の人はほとんどが降りてしまった。

 

休日のパホンヨーティン通り

 

上の写真はモーチット駅からパホンヨーティン通りを見たところ。歩道を歩いている人はみんなウィークエンドマーケットに向かっている。モーチット駅から歩いて5〜10分くらいの場所に巨大な市場が開かれている。

 

タイの自動車は結構無茶な走り方をすることが多い。日本のつもりで「歩行者優先」などと考えていると危険なので気を付けよう。人が道を横切っていてもどんどん突っ込んでくる。

 

黄色やら青赤やら紫やらの派手な色の自動車はタクシー。初乗り35バーツ。ぼくは乗ったことがないけれど、運転手には英語はあまり通じないらしい。ホテルや病院や銀行でもなければ、タイの人は英語が判らないと思っておいた方がよいようだ。その通じ方は日本の街なかと同じと考えていい(ほとんど通じない)。

 

市場の外の路上にも屋台などの露店が沢山並んでいる。ここでぼくはかわいいものを見つけた。色の付いた糸をくるくる巻いてつくったような、身長5cmほどの人形。点目でかわいい。日本で見たこともなければ、タイに来てからはじめて見たものでもある。ひとつ10バーツ。

 

この人形を売っていたのはひとりではなく、路上にも何人かいたし、市場の中でもたびたび見掛けた。日本で言う信楽焼の狸とか、飛騨のさるぼぼとか、そんな感じのものかと勝手に想像する。安いし沢山買ってもかさばらないしかわいいし日本にはないものなので、ぼくはこれを日本にいるみんなの御土産にすることにした。16体買い求める。

 

……そんなに沢山買う人など、ほかにいないのだろう。売り子のお兄さんはちょっと吃驚した顔で、ひとつ余計に袋に入れてくれた。

 

市場は広大で、ほんとうにさまざまなものが売られている。食べものの屋台は勿論出ているし、衣料品、工芸品、玩具、装飾品、家具、などなど……生きた仔犬まで売られている。見てまわるだけでも1日がつぶれてしまいそうだ。

 

ウィークエンドマーケットの様子

 

市場が開かれる敷地があまりに広いので敷地内移動のためのカートが走っている。自転車程度の速度だからそれほど危険ではないが、やはり歩行者がいても突っ込んでくる。

 

ぐるぐる歩きまわって一ト通りを見てまわったけれど、確かに何もかもが安くてお買い得なのだろうけれど、ぼくは特にほしいものがなかったので買いものはしなかった。荷物を重くしてしまうと持ち上げるときに術創に響くのではないかという不安も、なかった訳ではない。

 

これだけは買った。みかんジュース。

 

美味なりみかんジュース

 

ガイドブックにも写真が載っていて、一度は飲んでみたかった。みかんを搾ってそのままペットボトルに詰めてある。1本20バーツ。……大当たり!

 

日本で飲める、いわゆる「オレンジジュース」とはまったく味が違う。柑橘類特有の苦いような酸味がまったくない。炬燵で食べる温州みかんの、たまに出会うとびきり甘いやつを集めて搾って、そのまま飲んだような、さわやかな甘さ。

 

もしもこの記事をお読みのあなたがタイへ行くことがあったら、ぜひ試してみてほしい。

 

帰りも同じくパホンヨーティン通りを歩いてモーチット駅へ。駅の直ぐ近くで日本では見掛けられなくなった光景を眼にする。

 

修行中の坊さん

 

托鉢僧が路傍に立っている。タイには仏教が深く根差していて、僧侶は市民の尊敬の対象になっている。僧侶に失礼を働くと僧侶本人だけでなく周囲の一般市民にまで不評を買うので気を付けられたい。

 

これは観光用にポーズを取ってくれている訳ではなく、ほんものの托鉢僧。喜捨(托鉢僧に対する施し)すると徳が上がって来世が約束されるらしい。

 

まる1日歩きまわって、日暮れにホテルに戻る。日に日に歩くのが楽になってくる。夕食はホテル直近のセブンイレブン前でガイヤーンと白飯を買って喰う。

 

タイの白飯は炊いてあるのではなく、蒸してある。日本のおこわと同じもちもちした食感。匂いが少しあるけれど、うまい。

 

さわやかに晴れた空の下をゆるやかに歩き、はじめてのものたちに出会い、うまい飯を喰う。充実した1日だった。

 

夜は昨日と同じようにB'zを聴く。帰国して直ぐにライヴに行く予定になっているから予習もしておかなければならない。聴いているとテンションが上がってきて自然に身体が動きはじめる。動くとまだ術創が痛むから抑えないといけない。<

 

動く代わりに声を出して歌った。広い部屋に自分だけだとこういうこともできる。他人さまと一緒にいるときにはとてもではないができない。あまりに気の毒で。

 

だってぼくの歌声はジャイアンよりも「ボエー」だから。

 


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